甲府駅周辺再開発(2010年)前の街並
甲府市中心街が急激に変化し始めている。商店街の空洞化の進展の一方で、甲府駅周辺再開発により新しい街並みが誕生し始めた。また、2010年(平成22年)、甲府市の山梨県庁南別館、県民情報プラザ、甲府市役所本庁舎は解体撤去され、新たな庁舎建設工事が開始された。昭和期戦後の県民文化の殿堂として、県民の夢を担った山梨県県民文化会館も解体撤去され、跡地は駐車場となる。甲府中心街の景観は、急激に変化している。解体されたまちなみの記憶をデジタルアーカイブにおさめた。
- 旧甲府市役所本庁舎1号館(平成22年解体撤去 東京タワー設計者・内藤多仲が設計)
- 旧甲府郵便局(甲府市役所本庁舎4号館)、(平成22年解体撤去、昭和6年完成。モダニズム建築家山田守の昭和初期における記念作品)
- 山梨県庁南別館の記憶(旧山梨県立図書館、根津嘉一郎寄贈、昭和4年完成)
- JR甲府駅北口の記憶(藤村記念館、北口よっちゃばれ広場、山梨県立図書館、NHK甲府放送会館など)
- 山梨県立図書館の記憶(葬り去られた県立図書館改革の経緯)
- JR甲府駅南口の記憶
- 舞鶴城公園整備事業の記憶(甲府城蹟鉄門の復元)
- 県庁、甲府市役所周辺のまちなみの記憶
- 昭和の名建築・山梨県県民会館の記憶
甲府駅の記憶~日本国有鉄道甲府運輸長管内沿革誌
甲府運輸長の沿革は明治36年(1903年)6月11日の東京~甲府間の開通と甲府駅開業に先立ち、業務準備のため同年4月1日、甲府駅に鉄道作業局甲府出張所、出納事務所が設置されたことに始まる。沿革史では1987年4月、甲府運輸長が国鉄民営化で廃止されるまでの山梨の出来事を記録している。
甲府城山手御門復元事業と関連イベントの記録アルバム
- 甲府市歴史公園建設事業概要
- 山手門建設現場写真レポート
- 公園に復元された戦国烽火台
- 甲府市歴史公園見学会のレポート
- 完成した甲府市歴史公園
- 甲府大好きまつり2007
- 甲府城古絵図
- 山手御門前を走るデゴイチ
- 甲府駅北口整備事業
甲州財閥~若尾逸平 一族三代の墓所の記憶
明治から昭和にかけて、山梨県経済の近代化と発展に尽くした甲州財閥を代表する人物である若尾逸平夫妻ほか若尾家二代目若尾民造、三代目若尾謹之助の三代の墓石(山梨県甲府市愛宕町、長禅寺)が取り壊され、なくなっていたことが朝日新聞山梨版で報道された(2021年7月20日付け)。
若尾逸平は、江戸時代末期に巨摩郡在家塚村(現在の南アルプス市)の貧しい農家に生まれた。天秤棒一本の行商人から身を起こし、明治時代には初代甲府市長や貴族院多額納税者議員を歴任し、山梨県草創期の政財界を代表する人物。実業家としても東京電燈や東京馬車鉄道といった、帝都東京の重要なインフラを担う企業の経営権を手に入れ、甲州財閥の名を日本中に轟かせる偉大な功績を残した。
甲州財閥が衰退したあと、若尾家墓所は甲府市内で甲州財閥の栄華を記す唯一の「記憶遺産」となっていた。若尾家三代の偉業を追悼する檀家さんの墓参写真を中心に若尾家墓所の記憶を採録した。
甲府商店街の七夕飾りアルバム
2008年甲府商店街七夕飾りコンクール作品の記録。甲府商店街の夏祭り恒例となっている商店街七夕飾り(甲府商工会議所開催)では、オリンピックにちなんだ作品などが買い物客の目を楽しませている。最優秀の甲府市長賞には銀座3丁目・銀三会が選ばれた。オリオン通りの巨大壁画も掲載。
甲府城・甲府駅周辺 年の瀬風景アルバム
甲府の冬のまちを彩るアート・イルミネーションの数々を写真でレポート。甲府城をイルミネーションで飾る「光のピュシス」は第4回目をもって、終了しました。本アーカイブでは光のピュシスの全シリーズを採録し、公開しております。
- 甲府駅前のイルミネーション 2005年末~2006年初
- 甲府駅前のイルミネーション 2007年末~2008年初
- 甲府舞鶴城「第1回光のピュシス」 2004年末~2005年初
- 甲府舞鶴城「第2回光のピュシス」 2005年末~2006年初
- 甲府舞鶴城「第3回光のピュシス」 2006年末~2007年初
- 甲府舞鶴城「第4回光のピュシス」 2007年末~2008年初